なんじゃそれと言われても、体調回復には、やはり睡眠と言うことで、昨晩の午後9時30分から、累計10時間は寝た勘定になります。お蔭で、無事回復の運びとなり、先ほど秋葉原はリボレ1のスタジオで、IKAMENの2時間練習を終えて、帰宅しました。
12月23日の本番まで、後練習できるのは、2~3回と言うことで、本日は新曲2曲を徹底的にやりました。鉄板5曲は、直前にやるとして、準鉄板の中から「Change the world」を少しやりました。バンマスのベースがないと、少し拍子抜けの感がありますが・・・コーラスが、まだかたまらず少々の不安を残しましたが、練習後、近くの喫茶店でナポリタンセットを4人で食べながら、セットリストの打ち合わせをやりました。
で、一つの問題が発生しました。我が愛器ギブソンハミングバード君のピックアップマイクが、ご機嫌斜めの様子。アンプにつなげても、音が鳴っててくれません。最悪は、マイクで拾うことになりますが、明日リペアに出さなくては・・・・こんな間際になって、少し焦るイカメンです。
さて、お約束の二本立ての記事と、金曜日の言い間違いの言い間違いのお話とを少し書いてみます。皆々様、お覚悟の程を、・・・宜しくお願い申し上げまする。今回は、写真で相当ごまかしつつ参ります。
では、先にタイトルコールと「言い間違いの言い間違いのお話」を片付ける事にしましょうかね。
勿論、短歌しばりは、朝以外の時間に書いても、ろくな考えが浮ばないということで、五月雨的に、思いつきの手くだで、言葉を渉猟してみは、するのですが・・・・才能の不足と脳力の劣化を痛感するのみであります。
そして、言い間違いの方ですが、昨日、嫁の「東京全力少女」を「東京電力少女」とした言い間違いをネタに、Tepcoのテプコちゃんと書いていたのですが、金曜日の「小桃の里」を出た時に、我が相棒のZさんの奥様からのメールで・・・・
「言い間違いの指摘をしながら、イカメンさんは、また言い間違いを重ねている。テプコじゃなくて、でんこです。」と言うこのブログを読んで頂いている誠に稀有で、奇特な奥方からの鋭いご指摘に、未確認飛行物体ではなくて、ろくに確認もせずに書く愚行を犯したことを反省した次第です。
確かに調べてみるとでんこちゃんは、本名を「分電 でんこ」と言い「分電 盤太」氏の妻であり、でんこちゃん一家なるものが、存在していた事を知りました。ほんまに、すんまへん。反省しきりであります。お許しくださいませ。
さあ、気を取り直して参りましょうか!
第一話:べったりべったら市の夜
今から遡るそれは、10月19日の金曜日の夜の事でした。同僚のO、H、S君と、江戸時代から続く小伝馬町~大伝馬町で開かれる大根を麹で漬けた「べったら」の祭りに繰り出しました。
所狭しと屋台が並ぶ通りには、大勢の人だかりと、露天から流れて来るべったらの売り子達の声が、ひしめき、賑わっておりました。イカメン御一行様のお目当ては、O君の友人が社長をやってる某印刷会社が、新高屋(にいたかや:皇室御用達のべったら付けの老舗)と跡見女子大マネジメント学部の芝ゼミとコラボしたブースです。
そこで、「べったり、べったら市」の合言葉を言えば、記念品が貰えると言うので、そりゃあ良いと・・・モノにつられてか、女子大生見たさか、まあ、両方ですか・・・女子大生に声をかけて、ゲットしました。・・・・・勿論、記念品の方をね!
でも、嫁とGROUSEには、あまり喜んではもらえませんでしたが・・・こんなんです。
その後、新高屋の屋台で、1本1800円なりのべったら漬け1本を買って、O君オススメの「立飲みワン・ツー・スリ-」へ向かいました。生ビール1杯200円、赤ハイ(焼酎の赤ワイン割り)350円などを呑みつつ、つまみを取って、2時間で3千円。
立飲みの安さに、一番帰りの時間を気にしていた筈のH君のメートルが、午後8時を前に急上昇して、またもや調子に乗りすぎた4人は、ベロベロのご機嫌さんで家路に着きました。
酒飲みの悲しい性です。因みに、S君は佐賀の出身。
ところで、べったら漬けは通常、他の店では1本千円で、売られていますが、そこは老舗と言うことか、買った後に、「ちと高いなあ」とは思いました。が、食べてみたらやはり、美味かったので、後悔はなしです。
第二話:唐沢鉱泉&蓼科ゴルフクラブでの三井の森で、感動と悔恨の休日
べったら市の翌日は、「8時ちょうどの~♪あずさ2号で~♪私は私は、た・び・だつ~ウのですっ♪」と言う訳でもないですが、午後2時ちょうどのスーパーあずさ19号に乗って、一路茅野駅へと向かいました。途中、車窓を流れる景色は、旅情を誘い、そして、今から10年ほど前に4年ほど暮らした懐かしい田園地帯、「森と泉にか~こ~まれて♪」みたいな、桃と、ぶとうと、ほうとうの山梨県を通過しました。(曲がどれも昭和テイストですが・・・)
茅野駅では、先に到着していた幹事のY君と阪神の重鎮K君が待っていてくれました。そこから、マイクロバスに揺られて、砂利道、山道の16kmを45分かけて、三井の森の別荘地やゴルフ場を抜け、高度2000mの唐沢鉱泉の山荘に到着しました。こんなところですかな。
正面玄関大きな人は山荘の職員 マイクロバスの運転手さん |
肌寒くて、部屋に入るなりストーブをつけなければならないほど。早速、温泉に入って、三井の森の総支配人S君の到着を待つ事に。午後6時を過ぎても、仕事が終わらないのか中々来ないS君に残りの4人は、ついに待ちきれず夕食を開始。山菜とキノコたっぷりの味噌汁に、刺身や鴨肉の燻製などを食べつつ、ついには、「どうせ、しょっちゅう食べてるから、いいんじゃない。」と幹事のY君の発声で、とうとうメインのしし鍋に手をつけました。
柔らかな猪肉は、とても美味で、珍しいキノコもふんだんに入っていて、ビールに日本酒が、とても進みます。そろそろ猪肉がなくなりそうな頃、ようやく御大S君の登場です。山荘のおかみさんが、いつもお世話になっていますからと、いのしし肉を追加してくれて、S君も追いつく為にと酒をあおり、クラスは違えど同じ学部の大学仲間達との、賑やかな宴は盛り上がりました。
2時間ほどが経過した頃、それまで配膳や酒を持ってきてくれていたタカラ君と言う若者が、焼酎の一升瓶を片手に我らの席にやって来ました。
「さあ、さあ、皆さんこの芋焼酎は、中々旨いですから、どうぞ」と水割りやら、お湯割りの準備を始め、「よいしょっと!」と言うと、やおら、座って自分のグラスにも焼酎を入れたと思ったら、「さあて、飲みましょう!」と・・・う~ん、注文してないけど、大丈夫かな?・・・・と思いつつも、S君がとても親しげに「彼もゴルフが好きで、うちのゴルフ場でタカラ杯なんかも、やってくれてるんだ。」と紹介してくれたので、少し安心しました。
⇒結果として、彼の持ってきてくれた焼酎は、翌朝の伝票には一切つかず、一泊二日のお代は締めて13千円と破格のお値段でした。
そこから、さらに3時間、彼がどんどんお客さんからもらったものとかで、3本の焼酎を持ち出してきて、もはや、殆ど訳の分からなくなり始めた?君や、寝始めたI君S君、勿論イカメンも酩酊寸前に・・周りの宿泊客は、とうにはけて、食堂には我ら6人を残し、他の従業員もいなくなり、時計の針が午後11時を指す頃、ようやくお開きとなった次第です。
翌朝は、若干1名が沈没状態で、朝飯も食べれず、朝風呂にも入れず。「俺は、ここに何しに来たんやろか?ゴルフ出来るかな~」と、苦しげにのたまう始末。イカメンも持参したスクワーレンを3錠飲んで、彼に1錠渡すも、中々辛そうでありました。
山荘の中は野趣満点の品で溢れていました。こんな風に・・・
さて、さて、先ほど夕飯を食べて、岩魚の骨酒を飲んだら、何だか、もうどうでもよくなり始めましたが・・・
翌日の蓼科ゴルフクラブは、最高に美しいゴルフ場でした。だけど、鏡面仕上げの変則グリーンは、弱ければカップの手前でクルッと右や左に曲がり、強ければカップを過ぎると、今までより加速されて、はるかかなたに止まると言う・・・心憎いまでの演出振りに、翻弄され・・・
八ヶ岳や南アルプス、それに山々が、そろそろ紅葉に埋もれ始める美しい景色とは裏腹に、イカメンのゴルフのスコアは、今世紀最大の三桁のゾロ目となり、15年前には良くありましたが・・・もはや、ベストは85なんて、とても恥ずかしくて言えなくなりました。これぞ正しく、感動の後の悔恨でありました。
でも、終わってからのレストランで、阪神の重鎮K君が賞品で用意してくれた今はなきタイガーズゴルフクラブのティーマーカーを貰えたのは、嬉しかった。残りの人たちには野球の硬球の様な縫い目をつけた、タイガーズのマーク入りのゴルフボール2個セットが配られました。
また、ゴルフ場の支配人でもあるS君のおごりで軽食を頂き、フロントで精算したら、蓼科ゴルフクラブからお土産まで頂きました。至れり尽くせりとは、この事でしょうか、来年もまたこの場所で集まろうと皆と誓って、スコア以外は、とても充実した旅行となりました。
最後に、マーカーと土産とゴルフ場の風景をご覧下さいませ。
今は、もう生産されていません。 つまり、激レアの帽子につけるマーカーです。 最初から、スコアよりも、これをゲットすることだけ を考えていたイカメンは、何を隠そう 熱烈なる隠れ虎キチなのです。 |
これは、嫁にとても好評の土産でした。 流石支配人、心得ていらっしゃる。 |
蓼科ゴルフクラブの何番だっけか? |
では、また!
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