2011年10月2日日曜日

イカメン、「後悔は 努力もせずに する勿れ!」

おはようございます!今朝は、午前3時51分起床、腰防体操30セット腹筋200セット完了!累計11200セット=11万2千回も腹筋しても、まだ腹は割れません。所詮、器具(ドンキで2000円也)を使っての腹筋です。努力しているとはとても言えません。・・・と言うわけで、今日の川柳とあいなりました。
もうネタ切れか?いえいえ今朝は、感動するコメントが見つからなかっただけです。自分への戒めです!?


アサカツの金曜日の博多の歴女こと白駒妃登美さんの歴史講座が終了してしまいました。

最終回は、トルコと日本の関係について、聴きながら不覚にも嗚咽してしまいました。感動してね。報恩と感謝が、日本の歴史には流れていると、それを感じた恩贈りが、トルコと日本には約120年も続いている話でした。

それは、明治23年(1890年)のトルコの軍艦エルトゥールル号遭難事件に端を発している。和歌山県沖で座礁し約500名近くのトルコ人が亡くなり、残った69名が命からがら流れ着いた貧しい大島村の人たちが、総出で介抱し、無事母国に帰還させたという。和歌山県串本町には慰霊碑が建てられ5年おきに慰霊祭が行われている。そして、この事件はトルコの小学生の教科書にも記載されており、トルコ人は日本に対する感謝を忘れていない。

そして、その恩は1995年イラン・イラク戦争で、フセインがイラン上空を飛ぶ飛行機を無差別攻撃すると宣言し、直行便もなく自衛隊も出せないで、イラン国内に取り残された日本人215人を、母国民に優先してトルコ航空機が派遣され救う事で返されたという。その後もトルコ大地震の時、今回の東日本大震災なども互いに支援を惜しまなかったと言う一連の話だ。

これは、もう彼女の『人生に悩んだら「日本史」に聞こう』を買うか借りるか?するしかないと思った次第。

ところで、皆さん西暦と和暦の関係です。

昭和が1925を足して、平成が1988を足すまでは知ってたイカメン。それに最近ではもはや西暦の方が馴染みが出てきてしまったところですが、じゃあ大正や明治は?って思いました。それで整理しますと・・・・・・・・・・・
 
①明治A年の西暦は?= 1867年+ A年
②大正B年の西暦は?= 1911年+ B年
③昭和C年の西暦は?= 1925年+ C年
④平成D年の西暦は?= 1988年+ D年

今から運動不足のGROUSEを引きずり出してロングジョギングに行って参ります!
毎度お騒がせ?いや呆れさせ、疲れさせて申し訳ございません。

では、また!

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