2011年3月12日土曜日

イカメン、2度目の震災体験

まずは、今回被災された方々にお見舞い申し上げます。また、お亡くなりになった方々のご冥福をお祈りします。イカメンも先ほど自宅に何とか辿り着き、疲れた身体を湯船に沈めたところである。

3月11日14時46分 会社近くのコンビニの店内にいたイカメンは、それが始まったのを棚の商材の振動と足元のふらつきで感じた。「危ない!」思わず店外に飛びだしてガードレールに捕まった。周りのビルが不気味な軋み音を立てて、見上げると首都高の街灯が大きくしなっていた。それぞれのビルからは結構大勢の人々が出て、何故か空を見上げていた。

その時だった、イカメンの脳裏にあの阪神大震災の時の光景が、フラッシュバックした。何か足元の揺れが、気持ち悪く、暫くは動けなかった。・・・でも、これは宮城県やその後の茨城県、そして明け方の長野県に比べれば、大した事ではなかった。

会社では、中々対応が決まらず・・・徒歩で帰るか、ビル内に待機して泊まるかの選択を迫られたイカメンたちの大半は、ビル内待機を選択。ともかく腹ごしらえとばかりに18時頃周辺の中華料理屋や居酒屋を巡るも、どこも超満員!今夜ばかりは、閑古鳥の店も大車輪営業となっていた。

皆さんと同じく、家族の安否確認をするも、携帯はつながらず。災害ダイヤルまで混みだす始末。予想はしていたが、首都圏の災害時の限界を感じた次第である。これが直下型だったら、阪神淡路大震災の比ではなかったであろう。

で、わが息子のGrousなんだが、これがあろうことか、15時11分の縦揺れの震源地である茨城県のスポーツランドOCEAN FIELDで、サッカーの合宿中だったのだ!K学園にも繋がらず、勿論本人の安否も分からないまま、2時間以上が経ち、嫁さんとやきもきしていた。そして、漸くバスで高台に避難していて無事だと言う事が確認できたのだった。震災直後に生まれた彼にとっては、初めての大震災をほぼ震源地で経験することになった訳だ。結局、マイクロバスで一夜を明かしたらしい。

今回の大地震は規模と言い、被害のすさまじさといい経済的なダメージは、計り知れない。おそらく、暫くは余震が続くだろうし、月曜日からどうなることやら・・・・

と言う訳で、イカメンのスタジオ練習も延期となった。この土日は、大人しくしていようと思う。

0 件のコメント:

コメントを投稿

MAGASUS藤丸『離陸まで ほぼ三月なり 有意義に 編集道と 音楽目指す!』

 おはようござる。袈裟は、いや今朝の起床は4時49分。まずますの目覚めである。 思い返せば、閏う日の2月29日から、まったく日常投稿ご無沙汰したので、比較的きっちりしているFB投稿をご披露して、徐々に日々の記録に入って行きたい。 では、 3月1日自宅書斎にて 待望の週末は予約本を...