2011年3月20日日曜日

イカメン、今朝の「ガテンリンク」!

おはようございます~といっても、今朝は寝坊して5時45分起きなのじゃが~

ガイガーカウンターならぬ、ページヴューが500を超えたのじゃ!今晩は、ワインで乾杯でもするぞ!読んでくれている人  ありーが~とう~感謝!silver & goldの歌詞っぽくって、知らんわなあ~)。

⇒でも~息子のTOUYOUのところは、3000ヴューを超えてきてるから、屁みたいなもんかも・・・

お陰さまで、首の痛みは快方に向かいつつある。明日、先生に正式結果を聞きに行くが、まあ気長に治すしかなかろう。ただ、心配なのはイカメンランが、いつから再開できるかと、5月中旬の何とかの森10キロマラソンの出場についてだ。ここは、ひとつ寛平ちゃんの摺足奏法をマスターして、頚椎への縦揺れショックを極小化するしかアルマイト(ん?なんか?アルミニウムの酸化皮膜だっ?)。

そう、そう!くだらんことは、さておき(イカメンのブログ自体がくだらんかも試練がね~?

今朝の「ガテンリンク」は、現代の知の巨人を自負する茂木健一郎と我が尊師松岡正剛の対談バトル本「脳と日本人」の中で、発見した。

因みに、この対談はすこぶる愉しめるのである。件の茂木君が、必死で正剛に自論知識を披瀝しつつ、正剛がそれを拾いながら、進んで行く。しかし、脳科学的なところや生命科学以外では、もはや正剛の敵ではなく、いつもの他人の発言を押しのけ、興奮して怒りながら、しゃべりまくるあの茂木トーク(彼自身は芸風だとは炸裂できずに、正剛に見事にいなされて、「やってみれば、面白いんじゃない」と背中を押され、「はい、そうします」みたいな従順な若者に戻っているのじゃ。

それにしても、理系から文系(法学部)に転部した(でも結局は脳科学者)茂木と、文系なのに湯川秀樹に師事、超紐理論まで理解し、理系にアプローチしてきた(でも編集工学を立ち上げた)正剛のこの両名とも、文系理系の壁を取り払い両分野を軽々と跨る博覧強記ぶりは、尊敬に値する。(こういう人財に、イカメンはなりたいと今でも思い込んでいるのである。)

で、また長くなってきたが、こんなくだりに注目したい。茂木が現代の生命科学の行き詰まりを、打開するヒントを発見したという部分である。(多少、はしょりながら紹介するが・・)

ある意味ヨーロッパにおける普遍概念を見直し、日本的アプローチが今こそ必要との両者の話だ。
最近、富に脚光を帯び始めたと思う。寺島実郎もそうだ。

松岡)・・(有機的組織体)とメカニズム(機械的組織体)では、メカニズムの方が強すぎましたね。
茂木)日本の方法、あり方・・伊勢神宮の遷宮、「うつ」の扱い方は、生命の原理に近いと発見した。

松岡)空海が「生まれ生まれ生まれ生まれて、生のはじめに暗く、死に死に死に死んで、死の終わりに冥(クラ)し」と・・・限界・・・界を限ること。これが加わったらもっと行けると・・・
正剛の「空海」を早く読んで、この真理を理解したいと、ここ数ヶ月悶々とするイカメンであるが・・・
茂木)なにか道筋が見えたなあ。

ここからが本題。

松岡)それに、書けないところは余白で残すこと。
茂木)そういえば、西洋絵画と日本の絵画って、全然違いますね。
すごい、転回をして行くところが、彼らの対談の妙味だね~

松岡)岡倉天心アーネスト・フェノロサはともに、そういう余白のある伝統絵画の復興に尽くし・・・
茂木)フェノロサは、浮世絵を世界に類のないアートだと評価した一人ですね。
何故か、茂木は読者のためか、解説をつけてくれる。フェノロサなら知ってるぞということかな?

そういえば、今朝になって、現代のフェノロサとも言われるエヴァレット・ブラウンと正剛の対談集「日本力」が、図書館から、連絡メールで順番が来たというのも、グッドなタイミングじゃあ!今日借りに行こうっと!

松岡)ぼくは、フェノロサも大事ですが、岡倉天心引き受けたもののほうが圧倒的にすごいと思っています。・・・フェノロサは文人(知識人)画を捨てたのです。・・・ぼくが・・・評価する半分以上は職人的なものか、文人画的なもの・・・天心はそれを引き受けて・・少人数だけに教え・・・横山大観菱田春草が方法に高めていった。

たとえば没骨法(もっこつ)*1といって線をなくしてしまったのです。・・・朦朧画とか幽霊画とか揶揄されたのですが、いま、やっと残っている日本画は、大半、そこから出てきたんです。

誠に、正剛流というか、見事に茂木の知識の披瀝を、柔らかい刃物でそっと切り落としてしまっているではないか?そして、茂木はこう応えずにいられなくなる。
茂木)ああ、面白いですね。ぼくにとって、とくに現代の日本って、あまり元気が出る対象じゃなかったのですが、日本を不均一な生命体として捉えれば、面白さがあるということですね。

このあとも、茂木が応戦しつつ、いや必死で喰らいつきながら、学者としての矜持を維持して行く姿が、いじらしくもある?・・・いや、見事だというべきだろう・・・だって、イカメンには到底真似できないレベルでのバトルを、二人は楽しんでいるのだから。


ここからが、イカメンの解釈

日本の絵画は、遠近法を無視した浮世絵がゴッホなんかに影響を与えたように、独自の発展を遂げて来た訳なんだが、ここで、*1の没骨法が問題なのだ。つまり、これはダ・ヴィンチの『モナリザの微笑み』で以前ご紹介したあの輪郭線を描かないぼかし技法であるスフレ技法そのものではないか!と「ガテンリンク」したのである!

まあ、なが~い前振りだったである・・・・許しておくんなまし、でもこの本は知的好奇心を十分満足させてくれるし、茂木のけなげさ?が垣間見えて、ともかく面白いから、読んでみるべしなのだ。

○という訳で、ここからは、イカメンの豆知識整理じゃ、読みたい人だけ読めばよろし。アインシュタインの失敗とイカメンが未だに理解の食指が届き得ない時空の話じゃ。数寄者だけみればよろし。もとい、歌舞きもんのみみれ!????

○皆さんご存知のE=mC2 (二乗と読んでね)について、アインシュタインは宇宙定数を導入して、静止宇宙を排除するという愚挙を犯した。彼は、ビッグバンを受け入れなかった。一般相対性理論によって示すことができたにもかかわらずである。
ナゼなんだろうか??

その後、ホーキングロジャー・ベンローズが証明したのだが、時間には始まりがあった。大質量の星は、進化の最後に核分裂エネルギーEを失い、急速に冷えて収縮を始める。だが、収縮により温度が上昇し圧力が高まり、収縮を止めるように働く(ここにもバランス機能が、作用反作用の関係みたいに存在する)が、それも及ばない急激な収縮を始める。収縮とともに時空は歪みを増し、そしてブラックホールとなり、時間は終わる。過ぎたるは及ばざるが如しか
ん?待てよ、この理論は衝撃的だ!時間もある意味でモノつまりは物質的に考えられているのか!なんか文系イカメンには想像がつかないが、この不思議感は凄いぞい!

○続いて、量子論が発見された。マックス・プランクの量子仮説は「かんかんに熱せられた物体から放射された光は、量子と呼ばれる。離散的なパケットに入る時にのみ放出されるか吸収される。」

光が電子に当たった時、金属から電子が飛び出す。光電効果を説明できるとアインシュタインは示した。だが、相対論との相性は悪く、彼は認めたくなかった。

量子論によれば、もはや小さい粒子は、明確な位置と速度をもてない。粒子の位置を正確に決定すればするほど、その速度の決定の正確性は反対に落ちてくる。逆もまた同様。物理学の基本法則といえども確率的にしか先を予測できなくなると言う考え方が受け入れられなかった。何故なら、彼の格言「神はサイコロを振らない」にそれは表されている。

しかしながら、量子論は、科学と分子生物学やエレクトロニクス分野における現代の発展の土台であり、近年50年間の世界を変えた技術にとっての基盤である。

時間と空間について、時空について知りたい。その欲望は際限がない。どっぷり分かりたい。捕まえたい。世の中に知っている人間と、知らずに生きている人間(含むイカメン)がいるのは何故なんだ?それが、耐え難いのだ。時間って何なんだ?時間の始まりと終わりって何だ?時間とは、物質的なものか?パラレルワールドとは?本当に存在するのか?今、自分が異なる動きをしたら、その後の人生は必ず変わるのか?それとも、大きな時の流れの中では無関係で、エポックとなることがないと結局は、何も変わらないのか?

とりあえず今朝はここまで、、イカメンランはいつになるやら?はあ~~~

そうだ!Desperadeでも練習しよう!歌いまわしが何とも、この切なさを表現できるかな~これをギターを演奏しながら、歌うのは中々骨だと感じ始めている。

でも、きっとできるさ、超天然、陽転思考のイカメンならば・・・・・・

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