2011年4月19日火曜日

イカメン、反省と反芻と気づき について

おはようございます!今朝は午前4時48分頃の起床。いつも欠かさない腰防体操18セット終了し、いつものポッドキャストを聴きつつ、実は、今とても反省をしているイカメンであります。


父にこのブログを紹介したら、『あまりにふざけ過ぎて、理解に苦しむ?』とメールが来ました。昨日ほぼ一日悶々と深く反省をしたイカメンであります。人に自分のブログを読んでと言う以上は、もう少し責任編集すべきだろうと・・・・なので、今後言葉遊びは少し控える事にしました。

いわゆるSEO(Search Engine Optimization)対策要は、GoogleやYahoo!などの検索エンジンの結果の上位に自分のウェブサイト・ページが掲載されるように工夫をする)のつもりで、


イカメンで統一すれば、イケメンと検索した人が、間違いで引っかかることもあると、そして、イカメンと検索すると上位に出てくるようになりました。でも本来このブログは、いろんなプロを目指しつつ、情報発信する事に主眼がありました。

それが、ブログのページビューカウンターに目が眩み、恐らくブログ初心者が陥り易い。とにかく面白さで人目を引こうと、でもそれがふざけ過ぎになって行くと言う陥穽に嵌り込んでしまっていたようです。今、昔見たSONYのCMの反省ザルの様に佇むイカメンであります。(あっ、いかん!)ともかく言葉遊びは少し控えたいと大いに反省したのであります。

読んで頂くルールとしましては、紫部分がイカメンの感想、心の声であります。

今朝のポッドは「前田出の0から1を生む力(以降、『前田出01』とします)より、世界押花芸術協会代表の杉野宣雄氏の話。彼の詳細は、http://www.sugino-nobuo.com/profile.shtmlへどうぞ。祖父が植物の分類学をやっていて、多くの標本があったが色が変わったり虫に食べられて、きれいに保存できなかった。それを彼の父が、綺麗に残す基本的な技術を開発し、NTTの押花電報に結びついて行った。そこから押し葉なの良さ(=作る楽しさの場面)を伝えるため、自然の色を如何に残せるかをテーマに技術開発をした。さらには、レカン(仏語で宝物)フラワーという立体のまま押花にする技術も開発した。http://www.sugino-nobuo.com/art_museum.shtml←このプチ美術館ご参照

では、何故この様な技術が、日本で発展したかというと、杉野氏曰く「日本は、湿気が多く花の標本をきれいに保存するのが難しかったから」と、困難だからこそ技術が発展したのだと。

そこから、ふと思った。困難さがなければ、人は安心しきり、努力しないとも言えるのか?

そして、昔、仕事上携わったユニバーサルデザインについて、調べていて聞いた老人ホームの話を急に思い出した。

段差をなくしたり、あちらこちらに手すりをつけると、お年寄りは安心しきって、注意して歩かなくなり、すぐに足腰が弱り車椅子に直行、そして弱って死んで行くので、逆にバリアありまくりの老人ホームにしたら、お年寄りがみんな元気になり、出来る限り自分でやるようになったと、、結果として入所待ちの人がたくさんいる事で評判になった。バリアフリーも行き過ぎると人間を退化させてしまうのだと言う話だ。

さらに、発想は飛躍するが、今回の津波を伴う大地震での2つのエピソード。

①宮城県女川原発が過去の経験も活かして15メートルの高台に作っていて助かり、福島原発は津波による被害を想定外として、被災した。

②それから、「つなみてんでこ」の話・・・釜石市の児童が、助かったのはこれを忠実に守ったから、
http://www.ce.gunma-u.ac.jp/bousai/research02.html

一方で、宮古市田老の「万里の長城」と呼ばれた10mの高さ、壁の上辺の厚さ3m、
距離にして2.5Kmにわたる世界一の堤防があったが、これが逆にあだとなってしまった事例がある。


ここからは、今日は雨なので早めに歩いて出勤するため、帰ってから書こうと思う。まだ推敲が必要だし・・・・・

「つなみてんでこ」とは、

『岩手県の作家山下文男氏は「津波てんでんこ」という三陸地方の言葉を紹介しています。津波のときだけはてんでばらばら、親子といえども人を頼りにせず、走れる子どもは一目散で逃げろ、そして一家全滅、共倒れになることを防げ、という三陸地方の知恵だと説明しています。
同時に、「てんでんこでやろう」ということは最初から認め合っているという意味合いもあり、津波の時は人にかまわず逃げろ、自分だけ助かってもそれは非難されることではない。それだけ津波の避難は厳しいものだということ書いています。・・・・』

こういった内容が、http://bit.ly/hhuSrE の4-2の部分に書かれているので、ご覧頂きたい。


堤防がせいぜい5メートルしかなかった釜石市の小中学生では、この「津波てんでこ」が繰り返し教えられていたので、今回皆が我先に高台へ避難できたと言う。一方で、10メートルのスーパー堤防に安心して、避難を殆どせず多くの人が亡くなった地域もあった。

ここから、困難さがなければ、人は安心しきり、努力しなくなるとも言えるのか?について、の答えが見つけられるだろう。災害に備えすぎれば、人は安心してしまい。いざと言う時、避難行動を中々起こせないものである。慢心する事にもつながるし、これは正に先ほどの老人ホームが、施設の中では全てバリアフリーだが、一歩外へでれば、バリアだらけであるのが現状。一旦外に放り出されると、殆ど生きていく事は無理な相談になってしまう訳である。



別の話だが、今日夕刻リハビリの帰り道で、ブックオフに行き、105円になってる本を9冊945円で購入した。

「バカの壁」養老孟司
「人は見た目が9割」竹内一郎
「ファイジカル・インテンシティ」村上龍
「覚悟のすすめ」金本知憲
「ふたり」唐沢寿明
「被写体」三浦友和
博士の愛した数式」小川洋子
「中田英寿鼓動」小松成美
東京タワー」リリーフランキー

まあ、安くてお買い得と思うが、それにしてもいつ読むか?本屋でも開業するのかと言われても仕方あるまい。でも、一回は読んで見たいそんなベストセラーが、今や中古だけれど105円で手に入るのは何故か得した気分である。

以上、睡魔が襲ってきた!







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